書籍

ヒュー王子とハジ・モタの戦車

次席高官ハフジファー・アルヤス著

「ハフジファー!いや、次席閣下!」
給仕のジェンゲシュだ。
階段を駆け上がって来たので、汗をかいている。
「王子様があなたにすぐ来て欲しいそうです。厩舎にです。急いで!」

「今度は何?」
と言いながら、私はラリバラーの「11の儀式形態」をデスクマットの下に突っ込んだ。
水中呼吸の呪文を学ぼうとして一時的に水中でしか呼吸ができなくなって以来、王子は王宮での魔法を禁じていた(私は5つ目と6つ目の音節があべこべだと教えたのだが、王子は無視したのだ)。
「またスキーヴァーがオーツ麦の中に入ったの?」

「いーえ!」
ジェンゲシュはいたずらっぽく微笑んだ。
「ご自分でお確かめになった方がよろしいかと」

ヒュー王子はいらいらした様子で厩舎の扉の前を行ったり来たりしており、先がくるっとカールした黄金のスリッパで糞を踏まないように気を配っていた。
「おお来たな、ハフジ!お前に見せたいものがある。お前も今度こそ感動するぞ!」
彼が絹の袖に覆われた片腕を振って見せると、いつも側を離れない護衛のビッグ・ドーランは厩舎の扉を車輪に沿ってずらし、開いた。

中にあったのは、私がこれまで見た中で最も醜いものだった。
それはラ・ガーダの戦車のように見えたが、サイズが大きすぎたし、車輪は2つではなく4つあった。
乗員席に掛けられた金縁の枠には、黄金で縁取られた大きな傘が刺さっていた。
乗員席自体はけばけばしくも輝く虹色に塗られていた。
これは王子が選んだシンボルである(彼は"色(ヒュー)"男だから。分かるでしょう?)。
そして御者が泥で汚れるのを防ぐために、車輪の上に銀板が覆いかぶさっていた。
これの全体は採石場で働く牛車ぐらい重そうに見えた。

「見事だろう?」
と王子は聞いてきた。
「見事だ。そうじゃないか?」
彼はきっぱりと繰り返した。
「見事だ」

「み…見事ですね。はい、確かに。その通りです」
と私は言った。
「それに…こいつはなかなか大きいですね。でも見たところこいつを引くには馬を8頭ほど使うことになりそうですが、私たちのところには6頭しかありませんよ」

「馬だって?はっ!馬なんてのは庶民のものさ!新しい我が王子専用戦車はだな…ハジ・モタに引かせるのだ!」

「悪魔の亀?しかしあれを手なずけた者はいませんし…いるはずがない。第一、殿下はそんなものをどこから手に入れるつもりなのですか?」

「もうすでに1匹持っているんだ!」
とヒュー王子は言い、その天神ひげを誇らしそうにいじった。
「ボズマーの商人から買ったのさ。催眠性の虫の煙で手なずけたそうだ。見に来いよ!」
そして王子は厩舎のさらに奥へと進んでいった。

叫び声があがったのはその時だった。
通常ならば私は「血が凍るような金切り声」のような陳腐な決まり文句は使わないのだが、冗談抜きで、私の心臓はその音で凍りついてしまった。
人間と馬の両方からあがる、おぞましい悲鳴だった。
器用な腕のモラドが目をかっと見開いて、檻から駆け出してきた。
その後ろからは私の知らないウッドエルフが続いた。
私は彼の通り道を塞ぐ形になり、彼が私を押しのけて通り過ぎようとしたところで、私は彼の装飾用の角をつかんだ。
「おい!やめてくれよ!逃げなきゃ!」

「何があったのか教えてくれれば行かせてあげるわよ」
と私は低い声で言い、念を入れるために角をねじってみせた。

「ハジ・モタだよ!眠りの煙に耐性ができちまったに違いない。何せあいつは目を覚まして…怒ってる!」
彼は肩越しに振り返り、身震いした。
「あいつは馬を食ってるんだ!次は俺たちだぞ…行かせてくれ!」

私は彼を行かせてやった。
そうすると、納屋の奥底から轟音と共に悪魔の亀が現れた。
その顎からはまだ馬の一部分を滴らせていた
。亀はヒュー王子に向かって真っすぐ突進していた。
王子は動かずに立ちつくしていた。
私は彼が恐怖で凍りついていることに気がついた。

間一髪だったが、私は王子に体当たりをかまし、ハジ・モタに蹂躙される寸前に突き飛ばした。
ハジ・モタは我々を通り過ぎ、そして一瞬立ち止まり、振り返った。
なんて素早い奴だ。さらにその重い尻尾でドーランをひっぱたき、彼を一方に、両手剣を別の方向に吹き飛ばした。
そしてハジ・モタは我々に注意を集中した。
その赤い豚のような目には殺意が宿っていた。

私は手足を広げて王子の上に倒れこんでいたが、彼はそのずんぐりした手で私をぺしぺしと叩き、「助けてくれハフジ!助けて!」と泣き叫んでいた。
化け物が近づいてきてその巨大なくちばしを開けたので、私は何か呪文を思い浮かべようとした。
どんな呪文でもいい…しかし王子が私に向かって息を切らして喚いていたので、頭の中は空っぽだった。

王子…息を切らして…突然、私の心の中である呪文が形になった。
私はそれをとっさに口に出し、ハジ・モタの鼻先に叩きつけた。
マジカが私から流れ出して獣に注ぎ込まれ、獣はまばたきをして、鼻を鳴らし、そして頭を左右に振り始めた。
ハジ・モタは顎を大きく開き、苦しそうに大きく息を吐き出し、足を投げ出して倒れてしまった。
肺が波打っていた。
1分とたたずに、獣は窒息して死んだ。

なぜなら、獣には息をするための水がなかったからだった。

私は王子を助け起こし、彼の絹服の汚れを払ったが、馬糞が付いたところはそのままにして、気づかないふりをしておいた。
「いったい…いったいあいつに何が起こったんだ、ハフジ?」
と彼は言った。
彼は目を険しくして「まさか魔法を使ったのではないだろうな?」

「いやあれは…虫の煙への反応が遅れて出てきたものに違いありません。呼吸の問題です!」
私は力強くうなずいた。
「そうですとも、煙に間違いありません。私があのリハドのジャコウをつけていて、殿下のくしゃみが止まらなくなった時のことを覚えていますか?あれと同じようなものです!」

「ああ、そうか。まあとにかく、運がよかったじゃないか、なあ?
ドーラン、あの商人を追いかけて金を取り返して来てくれ!
馬をまた6頭、買い直さなきゃ」。
王子は醜悪な戦車をいとおしそうに眺めた。
「それとも8頭にしようかな!」

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