古遺物の手掛かり
種類 | 手掛かり | 入手先 |
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お宝 | 人間とエルフのカップルの像 | 最初から所持 |
お宝 | リスラヴの三連祭壇画 | 人間とエルフのカップルの像を発掘 |
お宝 | フィナスタールの巻物ケース | リスラヴの三連祭壇画を発掘 ※アカウント全体で1回限り |
家具 | グレナンブラのアンティーク地図 | 雑貨商人から1000ゴールドで購入可能 ※購入するには実績「グレナンブラの開拓者」が必要 |
モチーフ | 太古オーク:弓 | グレナンブラの宝の地図 |
モチーフ | 太古オーク:胸当て | グレナンブラの宝の地図 |
家具 | アイレイド王の宝飾頭蓋骨 | シロディールと帝都のあらゆるドロップから入手可能 |
家具 | ブレトンの井戸(嵐の灰) | グレナンブラのあらゆるドロップから入手可能 |
家具 | 実力者の宝箱 | グレナンブラの宝箱 |
古遺物の書
人間とエルフのカップルの像
変ね。エルフの女性像でマーラを表したアルドマーの品のようだけど、技術があまりに稚拙すぎる。子供が作ったの? あるいは未完成かも。
ネードの彫刻ですよ。信仰用の偶像は珍しくありませんが、エルフの神を表したものを見るのは初めてです。ポーズから判断すると、恋人の抱擁を表しているのでしょう。対になる像がもう1つ存在しているはずです。
それだわ! こっちの像が、マーラとぴったり合う。だけどマーラの恋人が人間だとは思わなかった。ロルカーンを表してるの? まさかアルドマー文化が、これほど寛容に受け入れられてた証拠が見つかるなんて… 両手を広げて。
リスラヴの三連祭壇画
リスラヴが兄のドラルドを殴っている姿を表しているようだが、宗教的な感触を受けるな。「正当なるリスラヴ」という呼び名は後の歴史家によって付けられたものだと考えてきたが、この絵はリスラヴの統治時代に遡るものだ。
決めつけすぎよ、レジナス。ドラルドはアレッシア教団の司祭で、コロヴィア人に神権政治を押し付けようとした。帝国に対するリスラヴの抵抗は、暴政を敷く教団に対する反逆と見なされたのでしょう。
ドラルドの毛深い外見は象徴的だ、まるでマルクのように見える。リスラヴはゴリエウス皇帝の軍団に対して、奇跡的な勝利を収めた。これは神の恩寵だと見なされたのだろう。ところで戴冠式のベレン女王は、ガブリエルに似ているな?
フィナスタールの巻物ケース
ディレニ学者は長く、劣勢だったディレニ軍の勝利はアイデン王子の戦略家としての手腕によるものと信じてきました。ですが賛否の分かれる説もあります。戦場でディレニ軍の動きは相手を予知したとしか思えず、連絡手段の優位によって勝利したとも言われているのです。このケースの付呪は、何らかの転移に使われたように見えます。もう一つあれば検証できるのですが。
グレナンブラのアンティーク地図
第一紀484年頃、ディレニ王朝時代の地図だな。地形の一部におかしな部分がある。現在の地形やこのたった20年後に描かれた地図と、一部の自然境界が一致していない。
同意するわ。この地域の地図には明らかに不正確な点が多い。この地図は同時期に存在したカムローンを完全に無視している。単なる見落としとは思えない。おそらく、領地の縮小をどうにか隠蔽しようとしたのでしょう。
ディレニ王朝は、その全盛期にもっとも強力な魔術師を擁した人たちよ。地図を変える力があったのかもしれない。ドゥエマーやアルテウムみたいに、カムローンが本当に消えていたらどうするの? 見つけられたらすごいでしょうね?
太古オーク:弓
伝説を信じるなら、トラグ・グロ・イグロンは弓を愛し、狩りの間に達人となったそうだ。彼は両手に片手斧を持った姿で描かれることがほとんどだが、それは芸術的な脚色かもしれない。
太古オーク:胸当て
オークは精密な金属細工技術を再発見したばかりだ。その技術は第一紀980年のオルシニウム陥落で失われた。そして、このような歴史的文書によってのみ取り戻すことができる。
アイレイド王の宝飾頭蓋骨
これはかなりの発見だ! 見たところアイレイドのものだな。妖術王たちはタムリエルの中心部を長く支配したが、彼らの王冠を見たことはない。頭蓋骨に取りつけられているようだが、鋲は見えない。
どんなに力を込めても王冠は引っこ抜けませんよ、レジナス。呪文で固定されているんです。きつくね。きっとこの流星硝子と関係があるのでしょう。はめこまれた石が見えますか? あれが鉄に作用しています。
それは驚くにあたらない。サリアチェは誇り高く執着心が強かった。支配権が何らかの魔法の仕掛けなしで引き継がれることはほとんどなかった。きっとこの王も狡猾で野心が強い息子に悩まされ、最期の侮辱のために王冠を頭に固定したんでしょう。
ブレトンの井戸(嵐の灰)
ブレトン建築が尖ったアーチへ執着することにはいつも興味を惹かれてきた。ディレニ文化の名残りが、今でも彼らのデザインに現れているの?
なかなかの発見だな、レジナス。この碧水晶芸術はどれくらいの古さだと思う? トリビュナルが等しいバランスで示されていることは注目に値する。私的な作品ではなく、組織的な崇拝の地から出てきたものだという手がかりになりそうだ。
皆さん、これは井戸です。通常は地方の、素朴な小屋の近くなどにあるものです。アーチだったら、壊れていないならなぜ修復するのでしょう?
実力者の宝箱
エメリック王もこれとよく似た宝箱を持っていました。当然、ほとんどの者は目にすることを許されませんでしたが。でもウェイレスト城で透明化の呪文をうまく使うと、どこまでいけるか知ったら驚きますよ!
金線細工から判断して、第一紀2200年代のものだろう。船首に同様の模様を施したブレトン全旗艦隊の絵を見たことがある。この貴品箱には、スラス攻撃に参加した船長への賞金が収められていたのかもしれない。
あなたの言う絵を私も見たわ、ウグロン。模様が似ている点には同意する。でもこの木の形をしたレリーフには戸惑ってしまう。第一紀1270年、商人王エティエン・レナックがウェイレストの玉座を奪うために手を貸した貴族への。賄賂を収めていたものかもしれない。
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