スポンサーリンク
書籍

アイカーノの日記

ハックダートの最後の日々となってしまうであろうこの時を記録に残すため、私は紙とペンを手に取っている。ここを価値のない地方と言う者も多いだろうが、私はここに平和を見た。もう少し「文明の発展した」場所にも住んだことがあるが、ここほど暖かく私を迎えてくれたところは少ない。私の種族がここを訪れたことはほとんどないが、偏見や差別もなかった。

今までにないほど友情や信頼を実感しながら、ここに2年住んだ。私の長い人生における黄金期であり、終わってしまえば後悔するだろう。

何週間か前、ラフな格好で酷い態度の人間がこの村にふらりとやって来た。鍵のかかっていない扉は全て開け、全ての馬小屋をのぞき込み、まるで自分が支配者かのような態度で歩き回った。普段は高慢なバカのオヴィディウスも、こればかりは自称する村長にふさわしい対応をした。そのよそ者に立ち向かい、ここに何の用かと問いただした。

侵入者は彼に無礼な眼差しを向け、答えようとしなかった。そして村を去り、東の丘の向こうへと消えていった。エティアチェは尾行したがっていたが、そんなことをしてもいいことはないと言ってオヴィディウスが許さなかった。

エティアチェの言うことを聞いておくべきだった。あのよそ者を捕らえて殺しておけばよかった。もしかすると、我々を襲った惨事は回避できたかもしれない。それはアーリエルのみが知る。

数日後にはまた別のよそ者が、使い古されて鞘に収まりきっていない剣を背負ってハックダートへやってきた。乗っていた馬は戦闘用に飼育された軍馬で、騎手に抑えられていなければ今にも暴れ出しそうな危険な目つきをしていた。その戦士はオヴィディウスのところへ行った。

そいつはヴァニアーと名乗り、ハックダートの新しい大領主であると宣言した。奴の組織である黒の短剣が丘の向こうで待機している、1日以内に条件を飲まなければ全員殺す、と言っていた。全ての住人はこれより奴の召使であり、居住、家畜、所持品は全て奴のものであると。条件を飲めば公正な領主なのが分かるだろうと主張していた。

オヴィディウスは大口を開けて見つめ返すことしかできなかった。だが彼が判断する間もなく、事態は動いた。奴隷として生きるのは絶対にごめんだと叫びながら、ナーヴァがヴァニアーに襲い掛かったのだ。熊手の歯は剣によってそぎ落とされ、ナーヴァの頭は馬のひづめに蹴飛ばされて潰された。皆が唖然と立ち尽くす中、ヴァニアーは馬に跨り去って行った。

その日の夕方、ナーヴァを家の裏に埋めた。その後井戸の周りに集まってどうすべきか話し合った。イゴズ、エティアチェ他数名は残って戦うよう呼びかけた。ヴァニアーのような者に農民や商人が太刀打ちできるはずもないのに。結果的には良識ある意見が通り、ハックダートを明け渡すことに決まった。イゴズでさえも最終的には納得した。

だがオヴィディウスだけは何があってもハックダートを離れないと言って反対した。何を言っても彼を説得できなかった。最終的に我々は分けられるだけの食料と水を彼に分け与え、彼は塔を上っていった。塔の扉は封印した。

家の扉に鎖をかけ、持ちきれない物は全て破壊して行こうと提案したのは、意外にも静かで人見知りのイーレニールだった。あれは満足感があった。

もうすぐ夜明けだ。他のみんなはすでに南の方へゆっくり向かっている。私も行かなくては。そもそもこの日記を書き終えるためだけにここに残っている。もしいつの日かハックダートを奪還することがあれば、これが暗黒時代の記録として残るかもしれない。

コメント

スポンサーリンク