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書籍

ソーサ・シルの記憶

ソーサ・シルの使徒、ヴァリンシ・アランドゥ著

記憶はつかの間で、傷があり、はかない。感情や思い込みで、簡単に上書きされてしまう。こんなに規定がない出来事の記録は他に考えられない。だから私は、決して変わらないシークエンスプレートに思考を記す。だが、どんなに客観的であろうとしても必ず偏りは生まれ、言葉は多くのことを伝えるだけだ。普通の頭で記憶できるニュアンスや豊かさをプレートに刻んだことも、単純な人間の複雑さの前ではかすんでしまう。

セト卿には分かっている。結局、彼の心臓が永遠の車輪を回し、油を差し、調整している。私たちは知っている。ただの名前ではなく唯一の名前になるには、意識を磨き、調和させなくてはならない。どうすればそんなことが可能なのか? 神でさえ感情の重さに苦しみ、論理的な考えから外れてしまう。

だが、この件に関してもクロックワークの神は賢かった。彼は自分の記憶に形を与え、物理的な形を取らせたのだ。星空を広げ、思考の銀河を作り上げた。羊皮紙にインクで書くよりも、言葉や囁きよりも明確で現実的。完全で完璧なもので、これができるのは彼の神性の強さ、光り輝く唯一無二の、全ての秩序の真実を知った意思の力だけが成せる技だ。

確かに記憶は傷つきやすいが、どれも大切なものだ。我々の英知と知識、つまり我々そのものを含んでいる。記憶を捨てることは贈り物を捨てることであり、セト卿もそれを分かっていた。だから彼は大切な意思を記録し、記憶のプラニスフィアで安全に保管した。永遠に沈黙する〈星詠み〉が見守っている。もう感情を含んでいない星たちが、空で揺れている。だが、今も繋がりはあり、知られている。

プラニスフィアの中は静かだが、囁きも聞こえない。低いハミングが、ホールの中で響いているようだ。過去の姿は失われたが、忘れられてはいない。もう一度、光を。

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