持参金
マロバー・サル著
イナレイはグナルで最も裕福な地主であった。彼は、娘のゲネフラと結婚する男のために、長年にわたって莫大な額の持参金を蓄えてきた。彼女が結婚を承諾できる年齢に達すると、彼はゴールドをしまい込み、娘を結婚させると公表した。彼女は顔立ちがよく、学者であり、運動も万能ではあったが、気難しく考え込んでいる印象を与える容貌であった。花婿候補として名乗りをあげてくる男たちはこの性格上の欠点を気にしていなかったし、同様に彼女の特性にも関心がなかった。男たちは皆、ゲネフラの夫、そしてイナレイの娘婿として莫大な富が手に入ることを知っていた。それだけで、何百もの男たちがゲネフラのもとへ求愛に訪れるに十分であった。
「我が娘と結婚する男は…」と、イナレイは参列者たちに言い放った。「金銭欲から結婚を希望してはならぬ。私が満足する自らの富を示さなければならぬ」
その簡単な表明によって、彼らのわずかな財産では地主を感心させられないと分かっていた男たちの大多数は離れていった。それでも以後数日間、数十名は良質なキラーク布と銀糸で仕立てた衣服をまとい、異国の召使たちを引き連れ、素晴らしい乗り物に乗って現れた。訪れた男たちでイナレイに認められたものの中でも、ウェリン・ナリリックの服装はひと際輝いていた。誰も聞いたことがないこの若い男は、ドラゴンの群れに引かせる眩い黒檀の乗り物に乗り、非常に珍しい仕立ての衣服を身にまとい、グナルの誰も今までに見たことがないような幻想的な召使の行列に付き添われて到着した。従者の目は前後左右に着いていて、召使たちはまるで宝石を散りばめたかのような外観であった。
それでも、イナレイにとって十分ではなかった。
「我が娘と結婚する男には、自分が知的であることを証明してもらう。私の義理の息子、そして一緒に仕事をする上で、無知な男はほしくない」と、彼は宣言した。
この宣告で、贅沢な生活の中でほとんど物事を考える必要が無かった大多数の求婚者が失格となった。それでも、それからの数日間、才覚と教養を披露したり、過去の偉大な賢者の言葉を引用したり、基本原理や錬金術に関する持論を披露する男達が数人訪れた。ウェリン・ナリリックも同様に、彼がグナルの郊外に借りた別荘で食事をともにするようイナレイにお願いした。そこで地主は、数多くの筆記者がアルドメリ語の小冊子を翻訳する姿を目にし、その若者の、少々的外れではあるが興味をそそる知性を楽しんだ。
イナレイはウェリン・ナリリックに十分感心していたが、それでもなお、別の課題を出した。
「私は娘を深く愛している」と、イナレイは言った。「また、娘が結婚する男にも彼女を幸せにしてほしい。もし彼女を笑わせることができる男がこの中に居るならば、娘と莫大な持参金を与えよう」
それからの数日間、求婚者たちは列をなし、彼女に歌を捧げたり、深い愛情を示したり、彼女の美しさをこれ以上ない詩的な言い回しで表現した。ゲネフラは憂うつさと嫌悪で彼らを睨むばかりであった。彼女の側に居たイナレイは、とうとう失望し始めた。求婚者たちは皆、この課題を果たせずにいるのだ。そこでやっと、ウェリン・ナリリックが部屋に入ってきた。
「私があなたの娘を笑わせましょう」と、彼は言った。「思い切って言いますが、私と彼女の結婚を認めていただいた後に、彼女を笑わせます。もし、婚約から1時間経っても彼女に喜んでいただけなかったら、結婚は破棄していただいて結構です」
イナレイは娘のほうを向いてみた。笑ってはいなかったが、目の中に、彼女がこの若者に対して陰湿な興味を持った色が伺えた。他の求婚者たちはそんな反応すら彼女から得られなかったので、彼は同意した。
「当然のことながら、持参金は結婚してからでなければ支払われない」と、イナレイは言った。「婚約だけでは不十分だ」
「持参金を見せていただけますか?」と、ウェリンは頼んだ。
この宝がどれだけ有名で、恐らくこの若者が実際に手にすることはないだろうと考えたイナレイは了承した。彼はかなりウェリンのことが気に入っていた。イナレイの命令で、ウェリン、イナレイ、不機嫌そうなゲネフラ、そして城代の一行は、グナルの砦奥深くへと進んだ。最初の扉を開錠するにはルーン文字を連続で押さなければならなかった。もし一つでも押す文字を間違えたならば、毒矢の一斉射撃が盗賊を見舞ったであろう。イナレイは次の警備策を特に誇りに思っているようだ-- 錠は18本の回転式の刃で構成され、3本の鍵を同時に回すことで入室が許される。刃は、一つだけの鍵穴を破ろうとする者を切り刻むように作られている。ようやく一行は保管室に辿りついた。
完全にカラだった。
「ああ、ロルカーンよ、強盗に入られた!」イナレイは悲痛に言った。「しかし、どうやって? 誰がこんなことをできたのだ?」
「恐れながら申し上げますが、かなりの才能がある強盗のようです」と、ウェリンが言った。「長年にわたってあなたの娘を遠くから愛し続けた男でしたが、人を感心させるような富も教養もありませんでした。でもそれは、彼女の持参金が私にその機会を与えてくれるまでの話です」
「貴様が?」と、とても信じられないイナレイは叫んだ。その時、さらに信じ難いことが起きた。
ゲネフラが笑い始めたのだ。彼女は、このような盗賊と出会えるなどとは夢にも思っていなかった。彼女は、激怒している父の目前で、ウェリンの両腕の中に飛び込んで行った。しばし時がたち、イナレイも同様に笑い始めた。
ゲネフラとウェリンは1ヵ月もしないうちに結婚した。彼は実際貧乏であったし教養も無いに等しかったが、この義理の息子と一緒に仕事を始めてからの富の増えかたにイナレイは驚きを隠せなかった。ただし、その過剰な金の出どころに関しては絶対に聞かないようにした。
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