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君主の勝利、第三章

ESO書籍伝記集

第三章: ダガーフォールの門にて

グランデン・トールの戦いの十数年後、平和だったハイロックの王国では、ウェイレスト、ダガーフォール、センチネルの商船がタムリエルの全港の遠くや近くで商売をしていた。ウェイレストにある父の商売の間では、配送した荷の追跡、収支バランス、通貨の変動を学んだ。だが、カンバーランドのピエリックは世界の本質を知っていて、自分の息子に単に平和と商売のやり方だけを学ばせても満足はしなかった。毎日朝にはカンバーランドの戦闘の達人とスパーリングし、昼は天気の許す限り軍馬に乗ってメネヴィアの重装竜騎兵と運動した。それはただの練習ではなかった。毎年夏の2ヶ月間は馬に乗ったエバーモア・キャラバンの護衛団の副官として旅に出て、山賊やゴブリンの襲撃者、リーチの民の部隊を片手では数えきれないほど撃退した。

私がまだ20歳だった第二紀542年、ブラック・ドレイクのダーコラクがリーチに勢力を広げ、野蛮な部族民を戦争に招集した。武器を長く手にしていたのは幸運なことだった。蹴られた蟻塚の蟻のように山の隠れ家から噴出してきたリーチの民は、雄叫びを挙げて略奪をしながらバンコライへと突入した。わずか3日の包囲の末、エバーモアはこの軍勢の手に落ちた。土地は略奪され、人々は大量に虐殺された。ホーリンズ・スタンドは比較的長く抵抗したが、最終的には異教徒の軍勢によって占領されてしまった。ビョルサエの向こう側にいる彼らは、 数日のうちにウェイレストに迫ると思われた。

その頃は街が大きくなったせいで古い壁が限界に来ており、ガードナー王がウェイレスト周辺に新しく壁と胸壁を建てたことを皆が喜んでいた。地方から大勢の人が殺到してきて、街の壁の中にメネヴィア、ガヴァウドン、アルカイアが全て入っているように見えた。しかし、ウェイレストにリーチの民の嵐が突如現れると、その混雑もデイドラを愛好する異教徒の怒りから自分たちを守るための、小さな犠牲のように思えた。

このようにして、叙事詩にあるウェイレストの包囲が始まった。ストームヘヴンのブレトンは恐ろしい敵の攻撃から57日間壁を守り抜いた。攻城兵器が不足していたリーチの民は、新しい壁を破壊することも街を略奪することもできなかった。また、船が不足していたため、港を封鎖することも、街を飢えさせて人口を減らすこともできなかった。手詰まりだ。ダーコラクによるハイロックの侵略は終わったのか?

いや、そうではなかった。恐れなき凶暴なリーチの戦士は、そこまで我慢強くなかった。ブラック・ドレイクは、我々を中に閉じ込めておくよう壁の周辺にある護岸に十分な軍勢を残し、あっさりとグレナンブラへ去っていってしまった。奇襲を受け、新たに独立した都市国家カムローンが陥落して略奪された。そしてその後、ダーコラクは南へ、ダガーフォールへとその目を向けた。

幸運にもガードナー王が、重装竜騎兵を輸送するために我々の商船を使用するという助言に耳を傾けてくれた。それがきっかけで、ウェイレスト最高の槍騎兵を引率し、ダガーフォールの街門の前で固まっていたリーチの民の背後から突入した。ブラック・ドレイクの戦士がいかに完全な不意打ちを受けたか、私がどのようにダーコラクを倒して奴の不浄な旗を引き下ろしたか、ブレトンは皆知っている。我々が始めた仕事をベルガモット王のダガーフォール騎士が終わらせ、強風の前の秋の落ち葉のように破れた異教徒軍を追い散らしたことを、ブレトンは知っているのだ。

その後たったの2週間で、ダガーフォール、カムローン、ショーンヘルム、エバーモア、そしてウェイレストの王たちが最初のダガーフォール・カバナントに署名したところを、私は頭を伏せながら見ていた。

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