ESO > 書籍 > リベンスパイアーの伝承
[このささやかなプロパガンダはタムリス家のために捏造され、エセルデ女伯爵が南部でアーケイ教団の教えを受けているあいだに流布されたものである。]
かつてカットキャップの国にはルルスルブという名の偉大な王がいて、長きにわたり善政を敷いた。やがてルルスルブも老いを感じ、自分が世を去ったあとの王国の行く末を案じるようになる。ルルスルブには2人の王子がいた。普通であれば老境の君主にとっては喜ばしいことだが、この場合はむしろ悩みの種だった。というのも、若いほうのピジョン王子は正室たる王妃の子だが、意志薄弱で政治に関心がなかった。対照的に、年長のランセル王子は大胆で物おじせず、母親もカットキャップ一の名門リスマット家出身だったが、いかんせん正嫡ではなかった。
さて、ルルスルブは英明な王であり、自分がランセル王子を気に入っていることを隠そうとしなかった。ランセルのほうが統治者にふさわしいことは、誰の目にも明らかだったからだ。にもかかわらず、年老いた王がついにエセリウスへと旅立ったとき、柔弱なピジョン王子が王位を継ぐべきだと感じる者が一部にいた。この連中が単に心得違いをしていたのか、それともカットキャップの王権が弱まるべきだと考える何らかの理由があったのか、それはよくわからない。ただ、最終的には良識派が勝利し、ランセル王子が貴族評議会によってカットキャップの王に選ばれた。
王位に就いて間もなく、ランセルは舞踏会でレディ・ヴェスパイアといううら若き乙女を見初め、恋に落ちる。可憐で賢いヴェスパイアはリスマット家の出身であり、短い求愛期間を経て、ランセル王は貴族評議会に彼女を妃に迎えるつもりだと話した。ところが、元王子のピジョン伯爵がこれに異を唱える。ランセル王の母親もリスマット家の出身であり、血縁法に照らしてレディ・ヴェスパイアは血が近すぎる。したがってこの婚姻はふさわしくない、というものだった。これに評議会の他のメンバーも賛同したため、ランセル王は評議会の説得を容れてレディ・ヴェスパイアとの結婚を断念した。知らせを聞いたレディ・ヴェスパイアは姿を消した。ニクサドの一団によって森の中に連れ去られたとも言われている。ランセル王は捜索隊を出したが、失踪した恋人はいくら探しても見つからなかった。
やがて、評議会が王朝存続のためにランセル王に花嫁候補を推薦する。ダル家出身の健やかな娘、レディ・イグノートである。いまだ傷心の癒えぬ王は、この薦めを受け入れる。ランセルとイグノートは華燭の典を挙げ、ランセル王は輿入れしたばかりの王妃の側で国王としての務めに打ち込んだ。それから数ヶ月後、王妃イグノートがランセル王の子をなしたことが発表される。幼い王女のために命名祭の開催が決まり、国中の貴顕紳士が招待された。
命名祭の当日、カットキャップの名士たちがこぞって駆けつけ、アレイエルと名づけられたばかりの王女が眠る揺りかごの足もとに贈りものを置いていった。ところが、その行列のしんがりに、何者とも知れない招かれざる客が並んでいた。それは不吉なウィルド・ハグで、マントに身を包んでフードをかぶり、暗い色の花を一輪、手にしていた。じつは「太陽が死んだ年」からこのかた、カットキャップでウィルド・ハグの姿が見られることはなかったのだが、それでもみな怖気づき、あえてその行く手を遮ろうとする者は誰もいなかった。
ウィルド・ハグは王女の揺りかごに歩み寄ると、フードを脱いで叫んだ。「ごらんなさい、ランセル王! 私です、レディ・ヴェスパイアです。今はウィルドのウィレスですが!」着飾った人々は恐怖に駆られて後ずさりをした。というのも、かつて可憐だったレディ・ヴェスパイアが、見る影もなく変わり果て、今や醜いイボに覆われた巨大な鼻をこれ見よがしに突き出していたからである。「何かの手違いで、陛下のご息女の命名祭に私は招かれておりませぬが、それでもこうやって罷り越しました。ごらんなさい、幼き王女殿下に贈りものをお持ちしましたわ!」
「贈りものとは何か?」ランセル王が身を震わせながら訊ねた。「その暗い色の花か? 見るからに気に入らんぞ!」
「そうでしょうとも、陛下」ウィルド・ハグは嘲るように言った。「これは「見捨てられたバラ」と言って、誰も欲しがらない花ですもの! そんなふうに疎まれるのがどういうものか、私は知っておりますよ、ランセル王。そして、我が呪いによって、あなたの娘にもそれを思い知らせてやりましょう!」そう言うと、おぞましい魔女はいびつな形をした花を赤ん坊の上に落とした。その刹那、炎がぱっと燃えあがり、異様な臭いの煙が漂ったかと思うと、ハグの姿は消えていた。
その後、王女アレイエルは一輪のバラのように美しく成長したが、性格はひねくれており、そのうえ癇癪持ちだった。それでも彼女が北部の王女であることに変わりはなく、南部のエメティック王が花嫁を探しにやってくると、2人のあいだですみやかに婚約が交わされた。
ところが、昔から足しげく南部を訪れ、エメティック王とも親しくなっていたピジョン伯爵が、南部の王に注進におよぶ。アレイエルは性格がひねくれているうえ癇癪持ちであることを教え、「監視塔の姫」を娶るほうがよほど良縁になると勧めたのである。やがてエメティック王はこの進言を容れ、アレイエルとの婚約を解消し、「監視塔の姫」と改めて結婚の約束を交わした。
しかし、ランセル王がこれをすんなり認めるわけもなく、誓約を破った南部の王に戦を仕掛けることを誓う。そして実際にエメティック王に対して大義ある戦いを挑むが、「トールの戦い」で旗下の将軍の1人に裏切られ、殺害されてしまう。ランセル王の王冠もアレイエル王女も行方がわからなくなり、それ以来、カットキャップの玉座は空位が続いている。
しかし、一説によると、ランセル王誕生のみぎり、実は双子の妹も生まれていたのだが、1人のウィルド・ハグにさらわれ、森で育てられたのだという。ルルスルブ家とリスマット家両方の血を引くこの女児が成長して娘を産み、その娘は母方の一族に引き取られた。この娘というのが、誰あろうエセルデ女伯爵その人だというのである。
もしこれが本当なら、エセルデ女伯爵の本当の称号は「王女」でなければならないのは自明だ。そして、他の誰でもない、彼女こそがカットキャップの玉座の正統な継承者ということになる。しかしながら、それは彼女の領民たちが語るお伽噺にすぎない。
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