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書籍

我ヲ忘レルナカレ

トンネル… それとも洞窟だろうか? 薄暗く、じめじめして、それでいて暖かい。鱗の歌はおぼろな明かりを目指して走った。狭い空間に自分の足音がこだまする。だが、前に進めば進むほど、深い泥に沈んでゆく。

「この程度の泥に沈むなんてことがあるか?」思わず声に出してしまう。「俺はブラック・マーシュ生まれだぞ」

泥に足を取られ、もうそれ以上先に進むことができなくなると、鱗の歌はこうべを垂れ、頭上で絡み合う植物の根に結んだ露が滴り落ちる音に耳を傾けた。すぐに終わるさ。ヒストのもとに召されるだけだ。ただ、アルゴニアンの端くれとして、泥に溺れて死ぬのが情けなかった。

そこで不意に目がさめた。またあの夢か。ここ数週間というもの、鱗の歌は毎晩同じ夢に悩まされている。洞窟の出口近くまでたどりついたような気がするのも毎回同じだ。出口に辿り着けさえすれば、何もかもはっきりするに違いない。そう思いつつ、毎朝、夢の意味が少しも解き明かされないまま目覚めるのだ。

「決まってるさ、ヒストが語りかけてるんだよ」卵の兄弟、裂け目のある尾が言う。「今夜はこっちから訊いてみたらいい。何が望みだ? って」

「やってみるよ」と鱗の歌は答えた。「ただ、目がさめるまでは夢だってことに気づかないんだよな」

裂け目のある尾は傍らの棚に置かれた土器の壺に手を伸ばすと、中から葉っぱを分厚く巻いて蔓で結わいたものを取り出して鱗の歌に渡した。

「そいつを焚くといい。お香が頭をはっきりさせてくれるかもしれない。ヒストのご託宣なら、きちんと聞かなきゃ駄目さ」

鱗の歌はうなずいた。さすがは裂け目のある尾だ。いざというとき頼りになる。その日はひさしぶりに、夜が来るのが待ち遠しかった。

香を焚いた鱗の歌の小屋は、濃い灰色の煙で満たされていた。床すれすれの低いところでは、煙が霧のようにどんよりとぐろを巻いている。まさかこれほどひどい臭いがするとは思わなかった。それでも、鱗の歌は煙がゆっくりと部屋に広がってゆくのを眺めた。そのうちに、だんだんとまぶたが重くなってくる…

… ここは洞窟だろうか? それともトンネルの中か? ぬかるんだ地面近くに、煙の層ができている。鱗の歌は走るのをやめ、煙に手を伸ばした。話しかけろ。訊ねるんだ。言葉を発しろ。さあ。

「何か言いたいことがあるのか?」鱗の歌は思い切って訊ねた。

「ワタシハ死ンデイル」

「死んでいる? お前は誰だ?」

すると、煙が1つにまとまって、フード付きのマントを着た人の形になった。陽炎のようにゆらめき、しっぽが小刻みに震えている。「ワタシハ死ンデイル」人の形をした煙は繰り返した。「ソレガナケレバ、ワタシノスベテハ永遠ニ失ワレル。ソレヲ見ツケルノダ。忘レルナ」

「それ? それとはなんだ?」

鱗の歌は人の形をした煙のあとについて暗い道をたどった。いつもの夢と違って、もうぬかるみに足が沈むことはない。2人とも、無言で歩を進めてゆく。鱗の歌は用心しつつも、意外に平静だった。

数時間も歩いたと思われるころ、ようやくトンネルの出口にたどりついた。陽炎のような人影は大きくため息をつくと、1本の委縮した樹木を指さした。

「ヒストだ」鱗の歌の声に驚きがにじむ。「これがそうなのか? たしかに死んでる… だが、どうして?」

「忘レルナカレ」そう言い残すと、人の姿をした煙は雲散霧消してしまった。ただその前に、鱗の歌の手にムネミックの卵を1つ、託していった。

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